インタビュー(甲斐田 大輔准教授)

kaida_daisuke_

ーー研究内容について教えてください。

 

甲斐田氏:化合物ケミカルバイオロジーの研究です。メインとして使っている化合物は2つあります。1つはmRNAのスプライシングの阻害剤です。もう一つは、メカニズムについてはお話できませんが、老化や老化関連疾患に関わるような化合物です。

 

基本的には、その化合物が細胞の中で、どういうようなタンパク質と結合して、それによって細胞の中でどのような変化が起きてという比較的ボトムアップに近いメカニズムを明らかにすることによって、最終的に創薬という方向に繋げらればと思います。

 

ーー研究の特徴について教えてください。

 

甲斐田氏:化合物を扱っていることと、研究室の名前が遺伝子発現制御学というように、遺伝子発現、転写からタンパク質というあたりのベーシックな部分に着目しているということです。

 

当然のことながら、ベーシックな部分というのは、正常な細胞でも、異常な細胞でも常に関わってきますので、切り分けができるようにしています。

 

例えば、抗がん剤が、がん細胞に効きやすくするためにはどうするか、というように基礎的な知見のところからうまく切り分けられるよう頑張ってきました。

 

ーー白内障の予防のようなこともやっていらっしゃいますね?

 

甲斐田氏:はい、それは福井大学の先生と共同研究を進めていました。幾つか有望な化合物を試したいから送ってくれないかということから始まりまして、こちらから送ったものの一つが、白内障の予防効果に良い影響を与えることが分かり、特許出願することになりました。

 

実際のメカニズムに関しては、まだ解明されていない部分があるものの、結果として効果がありました。

 

ーー解明されていない部分については、これから分かっていくのでしょうか?

 

甲斐田氏:そうですね。現在、その化合物の結合たんぱく質としていくつか候補が上がってきました。その中に白内障の予防に関連するものがあるかどうかということは、今後バリデーションしていかなければいけないと思っています。

 

ーー研究者になられたきっかけを教えてください。

 

甲斐田氏:元々、私は薬学部に行きたかったので、将来、製薬会社に入社することを考えていました。その後、東大の進振り(進学選択)で、行きたかった薬学部に行けなくなり、生物学科で博士号をとりました。しかし、化合物を用いた研究をやりたいという想いが心の中にずっとあり、そのような研究をしている先生を調べ、とても魅力的だった吉田稔先生のところでポスドクを始めました。

 

ーー化合物をやりたかったというのは、何か理由があるのですか?

 

甲斐田氏:私の父は、製薬会社で研究職として働いていましたが、祖父が早くに亡くなったため、研究を途中で止めて祖父のやっていた薬局を継ぎました。

 

そういう環境にいましたので、薬は小さい頃から常に私の周りにありましたので、薬学部に行って製薬会社で研究を進めることは頭の片隅にありました。そういうことが、今の化合物の研究にもしかしたら繋がっているかもしれないとは思います。

 

ーー吉田先生のところではどのようなことをされていたのですか?そして、その後はどのような経緯で富山大学にいらっしゃったのですか?

 

甲斐田氏:吉田先生のところで、ポスドクをしたのがきっかけで化合物に接するようになりました。非常に強い抗がん活性を示すものの、細胞内の標的や作用機序は全く分かっていない化合物がありましたので、その化合物に関する研究を行うことにしました。

 

それが結果的に非常に強力なスプライシングの阻害剤ということがわかり、これを後々スプライソスタチンAと名づけました。そこからは、化合物とmRNAスプライシングということで研究を進めることになりました。

 

吉田先生の研究室の後に、スプライシングの大御所と言われるアメリカのideon Dreyfuss教授のもとで研究を進めることになり、mRNAスプライシングのマシーナリーが、mRNAの転写の終結とポリA化に影響しているということを明らかにしました。

 

研究に一区切りがついたので、日本に帰ることになりました。ちょうどその頃、富山大でテニュアトラック教員が募集されていたので、応募して着任しました。

 

吉田先生のところで研究していたスプライソスタチンの研究を富山大学でも続けてよいということでしたので、スプライシングの阻害というものが一体細胞にどういう影響を及ぼすのか(最終的にはスプライシングを阻害してしまうと死んでしまうのですが)、逆に見方を変えてみたらいいのかなということを考えました。

 

最近は、突然変異によりスプライシング機構が異常になった細胞を体内から効率的に排除していくシステムがあるのではないかというように考え実験を進めています。

 

その実験のメインとなるのが、スプライシングが阻害されるとmRNAのスプライシングがうまくいかなくなり、イントロンが切り出されずに残ったpre-mRNAが蓄積して、それの一部が翻訳されるだろうということです。

 

実際にそれが翻訳されたタンパク質が幾つかあり、それらはスプライシングが異常になる細胞の目印として、細胞をその体内から除去する細胞死に至らしめたり、細胞の増殖を抑制したりという機能も果たしているのではないかと。その中でもp27という細胞周期のブレーキになる役割を果たすタンパク質があるのですが、pre-mRNAから翻訳されたものは、非常に細胞の中で安定しており、細胞周期を強く抑制します。

 

本来のスプライシングを受けたメッセンジャーから翻訳されたものよりも、強力に細胞周期を抑制する機能があることがわかりました。スプライシングが異常になった細胞を排除する機構を、我々は細胞の品質管理機構と呼んでいますが、スプライシングが異常になって、ダメになった細胞が体内からどんどん品質管理機構で排除されていくようなことがあると考えています。

 

スプライシングを阻害してしまうと全身で正常な細胞も異常な細胞もがん細胞も全て影響を受けてしまうので、副作用が強くなります。そこで、細胞の品質管理機構というものをがん細胞特異的に活性化できれば、抗がん剤に繋がるのではないかと思います。

 

ーー抗がん剤であったり、がん抑制の可能性があるということですね。

 

甲斐田氏:そうですね。世界的にもそのスプライシング異常とがんの関係性や、スプライシング阻害剤を抗がん剤へという形で、実際にエーザイの子会社がスプライシング阻害剤をアメリカで治験をやっています。恐らくフェーズ2まで行っており、有望なのではないかと思います。ただ、メカニズム的に副作用も強くなってしまうので、そこをいかに抑えるかというのが課題です。

 

スプライシング阻害による影響に関する知見をうまく利用することによって、スプライシングそのものを阻害するのではなく、他の方法でがん細胞を叩けるのではないかと今考えています。

 

ーー企業とはどういう連携を進めていますか?

 

甲斐田氏:今の時点で明確な連携はありませんが、企業の方からお話を聞かせてもらえませんかということは何回かありました。今ある化合物を、製薬会社などに合成展開していただき、広げて、それをアッセイしていただき、より良いものに近づけていければいいなと思っています。製薬会社の協力がないとそういう作業は、出来ないかと思います。

 

ーー今の研究開発において大変な部分について教えてください。

 

甲斐田氏:人がいないことです。医学部はどうしても学生が少ないので、ほぼ自分一人で研究している状況です。医学部の学生は、基本的に実習や授業が全部必修で忙しいので、なかなか実験に時間が割けません。助教の一人でもいてくれたら全然違うだろうなとは思いますが、大学としてもそのような余裕はないのだと思います。

 

ーーなるほど、企業との共同研究ができればよいですよね。

 

甲斐田氏:そうですね。共同研究ができれば、人を送っていただくということも可能なのかもしれません。

 

ーー資金的なところはどんな感じですか?

 

甲斐田氏:資金は科研費をもらっているのと、いくつかの民間財団からです。あとは学内の講座費で賄っているという感じです。

 

ーー既にこの研究でどこかの財団などが資金を提供されているのですか?

 

甲斐田氏:そうですね。ここ数年は、老化の方の研究でいくつかの財団からお金をもらっています。詳しくは言えませんが、ネタとしてはすごく面白いので、引っかかるところには引っかかるのかと思います。

 

ーー白内障の特許ですが、これを活用して企業に売り込むことはやられていますか?

 

甲斐田氏:それは、福井大学の先生が参天製薬と行っているそうです。

 

ーースプライソスタチンAの方は、先生が権利を持っている感じですか?

 

甲斐田氏:これに関しては、元々藤沢からもらっているものです。色々権利関係は難しいことになっています。

 

ーーこれは、発現したタンパクを狙っているのですか?それともスプライシングそのものを狙っているのですか?

 

甲斐田氏:この化合物のターゲットは、スプライソソームです。スプライソソームに結合することによって、スプライソソームの活性が失われてスプライシングが起こらなくなるということです。一応メカニズム的にはわかっています。どのタンパク質にどんな感じで結合するのかということもわかっています。

 

ーーでは、エーザイは全然関係なくやっているのですか?

 

甲斐田氏:全く似てなくもないのですが、全く違う化合物ですね。そちらの方は、ちゃんと薬の方に進んでいますが、スプライソスタチンに関しては、副作用が出たため、臨床研究は中止となりました。

 

ーー色々な病気に役に立ちそうな気がしますが。

 

甲斐田氏:そうなんですよね。ですから癌だけでなく、他のところにも何か適用できるのではないかとは思っています。

 

ーー遺伝子疾患は、治らないものも多いですが、中には治せるものも出てくるのではありませんか?

 

甲斐田氏:そうですね。何か使えそうではあると思います。

 

ーー先生の研究は、スプライシングの研究と老化関係疾患に関わる化合物の研究ということですが、全く独立した研究ですか?

 

甲斐田氏:そうです。独立した研究です。後者はホームページには出していませんが、現在両建てで研究を推進しています。

 

白内障の予防効果があります。改善については、特許を出した時点ではまだわからない感じでしたが、他の化合物のいくつかは、実際に改善効果が出るものがあります。

 

 

ーー今後、やりたいテーマなどについて教えてください。

 

甲斐田氏:今メインでやりたいと思っているテーマは老化関連疾患です。今、日本では医療費が年々増えてしまうという問題がありますが、我々の化合物はアルツハイマーを治せたり、寿命自体も延ばせたり、運動能力も上昇する効果が観察できているので、実際の寿命と健康寿命のギャップを縮めるのではないかというイメージで研究を進めています。

 

ベースとなる細胞を用いた実験の中で、一体どういうタンパク質に結合してどういうメカニズムでそういう効果を発揮しているかというところを明らかにする必要があります。

 

最終的には、寿命が延びて、みんな健康的でいられるような夢の薬ができたらいいなと思っています。

 

スプライシングの方では、興味を持っていただいて、これをこの疾患に適用できるのではないかというようなアイデアがありましたら、ぜひ教えていただきたいと思いますし、興味がある研究者の方や、企業の方と共同研究をしたいと思います。

 

ーー共同研究をやりたいとなった時、具体的にどのような企業をお考えですか?

 

甲斐田氏:やっている内容から考えると製薬会社になるかと思います。今やっている化合物を薬としてアウトプットできるような形には最終的にはなりたいと思いますので、そういうのを希望します。自分自身でベンチャーを立ち上げてもいいのですが、現状そこまでの労力は割けませんので。

 

 

ーー産学連携を考えている若い研究者へのアドバイスがあったらお願いします。

 

甲斐田氏:研究そのものが楽しいなということは誰でも思うことです。それが自分達の満足ということだけではなくて、勿論それがサイエンティフィックに重要だということもありますが、それをうまく社会に還元できるような方法も出口としてあるということは、心の片隅のどこかに置いて頂きたい。

 

何だったら、ベンチャーを作ってもいいんじゃない、ということも思います。そういうチャレンジ、常に心の中にチャレンジ精神みたいなものを持って、「どうせこの研究なんて」というような引っ込み思案には是非ともなって欲しくないと思っています。多少恥をかいてもいいと思ってやった方が、ずっといいのではないかとは思います。

 

ーー本日はお忙しい中、ありがとうございました。